晴れた朝に出た早春賦の唱  3/11(水)

柿の種

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昨日から今朝にかけて🎵早春賦の歌詞『春は名のみの 風の寒さや 谷の鶯 歌は思えど』🎶とあるような気候が元で、麻痺ある者にとっては非常に痛くて辛い寒暖差が続き、散歩をする気にもなれず、2階への階段昇降を爪先で3セット程行った他は、炬燵に向き合い漢字クロスワードパズルとにらめっこ、時折ストレッチなどを繰り返して過ごす
今朝の冷え込みは放射冷却によるきつい冷え込みで非常によく晴れ、空気の冷たい爽やかな朝を迎えた。

昼間は良い天気の予報に調子に乗りTシャツにフリースを羽織って出掛ける、定刻に迎えの車。
室内に入ってフリースを脱ぎ去り着席、全員集合して新聞紙全紙1枚が全員に配られ片手で握りつぶす、30秒のタイムレースで大脳に刺激を与えるトレーニングとの事、その後15年前のこの日、仙台出身で当時大学2年に在籍していたスタッフの体験談を伺い、生々しく自然災害の恐怖を感じた。興奮冷めやらぬままにリハビリ運動開始。
①マッサージガンにて左下肢足関節を和らげ次の運動に供える。
②トレッドミル 歩行速度3.2km/h 歩行時間10分 歩行距離0.53km
暫し休憩の後足湯でうたた寝
④個別は側臥位で前鋸筋・広背筋・左下肢のストレッチを左右ともお願い
⑤集団体操はスツールに座位で全身ストレッチ
⑥負荷マシン・ストレッチマシン・リラクゼーションマシン希望通りの順番でICカード設定通りに実施し、完全にお腹が捩れ空腹になり満足
荷物の帰宅準備をして ⑦最後に気息体操持ち良くリラックスして春の日差しの中を帰宅。

国内観測史上最大の巨大地震

2011年3月11日14時46分、宮城県牡鹿半島の東南東約130km・深さ約24kmを震源とするマグニチュード9.0の地震が発生しました。国内観測史上最大の規模であり、最大震度7を記録。巨大津波が東北の沿岸部を飲み込み、かつてない被害をもたらしました。

震災発生から15年が経過した2026年3月時点においても、その爪痕は数字に刻まれ続けています

15,901死者(12都道県)
2,519行方不明者
3,810震災関連死
約40万棟家屋全半壊
約26,000人現在も避難継続

犠牲者は計2万2,200人を超え今なお約2万6,000人が避難生活を続けています。福島県内には依然として帰還困難区域が残り、人口減少や心のケアなど、多くの課題が現在も続いています

震災直後、日本は官民一体となった史上最大規模の支援を展開しました。その底に流れていたのは、見知らぬ誰かへの深い思いやりでした。

自衛隊創設以来最大となる10万人体制で派遣。人命救助とインフラ復旧に全力を尽くした。
警察・消防全国から数万人規模が結集し、瓦礫の中で一人一人の命を探し続けた。
ボランティア延べ150万人以上が現地入り。泥をかき出し、食事を届け、手をつないだ。
義援金日本赤十字社等に3,400億円以上が寄せられた。国全体が被災地に心を寄せた証。

2011年5月時点で、国連加盟国のほぼ全域にあたる191カ国・地域と国際機関が支援の申し入れや見舞いを表明しました。この未曾有の国際協力に対し、日本の衆参両院は全会一致で感謝決議を可決しています。

<strong>潘基文</strong>氏
潘基文

潘基文 国連事務総長(当時)
 ── 2011年3月11日
「日本は世界中の困っている人を援助してきた最も寛大で強力な援助国の一つだ。今回は国連が日本国民を支援し、できることは何でも、全てやるつもりだ。」

世界が日本に向けた眼差しは、単なる同情ではありませんでした。
それは長年にわたり国際社会に貢献してきた日本への、深い敬意と連帯の表れでした。

多くの国際援助チームに感謝いたしております。有り難うございました

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