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起床時は隣家の屋根や道路も濡れておらず6時過ぎから小粒の雨粒が落ちて来た。
今朝の外気は10℃程と暖かな春雨の朝となり、湿度もほどほどに高く呼吸が心もち楽に出来る、予報は夕方まで降雨が続き昼頃一時本降りとなり、気温も時間経過と共に下がる予報となっていた。
迎えの到着までゆっくりした時間を過ごし、乗車すれば賑やかにお口の体操が始まる。
到着してルーティンが終り早速座学、口腔機能講座唾液の働きなどを解説を交えて、講義を受けながら唾液には、いろいろな役割があることがわかっています。
口腔機能の中でその役割とは、消化作用・お口の粘膜の保護作用・洗浄作用・殺菌作用・緩衝作用・再石灰化作用・排出作用や食塊の、嚥下障害防止のためその噴出量は一日約1.5リットルほどと聞きビックリ。最後に耳下腺.顎下腺.舌下腺のマッサージをして軽く準備運動直ちにリハビリ運動開始。

①KPTさんよりマッサージガンで足関節周辺のマッサージをするように指示を受けた後に ②トレッドミルを行なった。歩行時間10分 歩行速度3.0km/h 歩行距離0.50km KPTさんより『訓練する前に出来ればやっておくと良いですね』と言われ納得のゆく軽い足取りで歩く事が出来た。
③個別リハビリは、俯せで脊柱の捻じれを修正をお願いし、麻痺足の後ろ蹴りの訓練・筋力アップ部分動作と筋肉の使用法とを兼ねて左足重心での座位からの立ち上がり訓練を繰り返す。
④集団体操は、スツールに座位で、前々週の体操の横への脊柱運動(金魚体操)に対して前後の脊柱運動、背反らし背伸ばし体操をおこなう。血行促進の効果絶大後ろ頭に汗を掻いた。
⑤セラミック足湯 10分で背中が汗ばむ。
⑥休憩しながらマッサージガンで大腿マッサージ。
⑦負荷マシン、ストレッチマシン、リラクゼーションマシン(ほぼ満足のいく横揺れ係数320回が出た)
⑧気息体操は、どんよりとした空の色が室内に映り暗転後、ほぼ暗闇となる中で深呼吸をしながらストレッチ体操でリラックス、外は本降りが続いている。
空腹になった。お腹が昼食を呼んでいる半日終了、お疲れさまでした。
今日は何の日

「ロサンゼルスの戦い」は、1942年2月25日未明、米カリフォルニア州で発生したアメリカ陸軍による誤射事件です。
真珠湾攻撃以降、米西海岸では日本軍の上陸や空襲への警戒が極限まで高まっており、発生2日前には伊号第十七潜水艦によるエルウッド油田砲撃事件も起きていました。
25日午前2時過ぎ、レーダーが未確認飛行物体を捕捉し、ロサンゼルス一帯に空襲警報と灯火管制が敷かれました。午前3時過ぎ、サンタモニカ上空で赤い光を放つ物体が目撃されると、対空砲部隊が約1,400発の砲弾を乱射。しかし実際には日本軍機は飛来しておらず、この混乱による交通事故や心臓発作で民間人5名が犠牲となりました。
戦後、日本軍の関与がないことが確認されるとUFO説なども浮上しましたが、1983年の米空軍の調査では、原因は「気象観測用気球」であり、誤射の煙や破片を敵機と誤認したことで連鎖的に攻撃が続いたものと結論付けられています。


「天神様」として信仰される菅原道真(すがわら の みちざね、845~903年)の誕生日が旧暦6月25日、命日が旧暦2月25日であることに由来して、毎月25日は「天神」の縁日である。
新暦に移行した現在も毎月25日が縁日となっている。1月25日の一年で最初の縁日は「初天神」または「始め天神」、12月25日の一年で最後の縁日は「終い天神」と呼ばれ、菅原道真を祀る全国各地の神社(天満宮・天神社)には多くの参拝者が訪れる。また、1月25日には「初天神祭」、2月25日には「梅花祭」が行われる。
天満宮の中でも福岡県太宰府市にある「太宰府天満宮」と京都市上京区にある「北野天満宮」は有名であり、全国天満宮の総本社とされる。「初天神」など祭りが行われる日には、境内や沿道に食べ物・植木・骨董・衣料品などの露店が多く並び、賑わいを見せる。
また、大阪市北区にある「大阪天満宮」では1月25日に「初天神梅花祭」や「うそ替え神事」、2月25日に「祈年祭・余香祭」、7月25日に「天神祭」が行われ、25日の縁日に多くの祭事が行われる。
命日の2月25日に由来して、2月25日は「道真忌」となっている。
1936年2月26日、陸軍の「皇道派」に属する青年将校らが約1,500名の兵を率いて政府要人を襲撃・殺害し、永田町一帯を占拠した「二・二六事件」は、日本が軍国主義へと突き進む決定的な分岐点となった。

決起の背景には、深刻な農村の窮状や政治腐敗への強い不満があり、彼らは天皇親政による国家改造「昭和維新」を掲げて現状打破を狙った。
しかし、昭和天皇が激怒し自ら鎮圧の意思を示したことで、決起軍は「反乱軍」と定義され、わずか4日間で投降・収束した。
この事件は、単なる反乱の失敗に留まらない深刻な影響を及ぼした。
首謀者らの処刑により皇道派は壊滅したが、代わって陸軍の主導権を握った「統制派」が、事件後の動揺を利用して政府への圧力を強化。
軍部大臣現役武官制の復活などを通じて政治への発言力を極限まで高めた。
結果として、この事件を境に政党政治は形骸化し、日本は軍部主導の総力戦体制へと加速していくことになった。
暴力による変革の試みが、皮肉にも軍部による独裁的な国家統制を完成させる引き金となったのである。
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