理学療法士が歩行の様子を見て提案してくれた腰回りの入念なストレッチ  5/27(水)

柿の種

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夜中のトイレ通いで徐々に足の運びが辛くなり、起床してからも痛みが引かぬため、明日は出席と伝えておいた手前大いに悩んだが、迎えの車に乗り出掛ける。
車中でお口の体操をしながら行けば、次第にその気になってくる。
到着後、全員揃ったところで、所長より、厚生省通達で介護職員手当加算についての説明有り、その後両手を使っての脳トレ兼準備体操を行なってから、リハビリ運動に案内されて移動する。
①マッサージガンによる左下肢筋肉解しと足関節・足裏マッサージをしっかり行い個別の順番を待つ.
K.PTさんが到着時から歩行の様子を見て側臥位で、腸腰筋・前鋸筋・殿筋梨状筋など腰回りのストレッチ、をしていただくと、引き摺っていた左足が若干痛みはあるものの前に踏み出せたが、本調子ではないのででトレッドミルは中止に。
③セラミック足湯血行を良くさせ

④集団体操は足首トントン体操、汗が出て全身の血行を良くし
⑤エルゴメーターを久し振りにさせてもらえるが、このマシンのデータの読み方が不明の為データは取れず。10分間負荷2で通常通りの汗の掻きかたで
暫し休憩の後。⑥負荷マシン・ストレッチマシン・リラクゼーションマシン通常より負荷は落として全機種行う。
⑦暗転しても明るい室内で瞑目して深呼吸をしながらストレッチして心身共にのリラクゼーション
気持ち良く半日終了出来た。
調子に乗らず無理せずに、明後日からまた適当に頑張るぞ――お疲れさまでした。

百人一首の日(5月27日 記念日)
1235年(文暦2年)のこの日、公家・歌人の藤原定家(1162~1241年)によって『小倉百人一首』が完成された。
藤原定家の日記『明月記』の文暦2年5月27日の項に、定家が親友の宇都宮入道蓮生(頼綱)の求めに応じて書写した和歌百首の色紙が、京都・嵯峨の小倉山荘(嵯峨中院山荘)の障子に貼られたとの記述があり、この記事が小倉百人一首の初出ではないかと考えられている。

この色紙は障子の装飾のために作成されたもので、当時はこの百人一首に一定の呼び名はなく、「小倉山荘色紙和歌」「嵯峨山荘色紙和歌」「小倉色紙」などと呼ばれた。その後、小倉山の山荘で和歌百首を選んだということから「小倉百人一首」の名称が定着した。

百人一首とは、100人の歌人の和歌を、1人1首ずつ選んでつくった和歌集のこと。『後撰百人一首』『源氏百人一首』などもあるが、通常、百人一首といえば『小倉百人一首』を指し、歌がるたとして広く用いられている。藤原定家が選んだ100首の内訳は、恋43、四季32、旅4、別離1、その他20である。
リンク:Wikipedia

宇宙船内で紙飛行機を飛ばすと宙返り
紙飛行機は地球上では空気中をまっすぐ飛んでいくが、宇宙空間にある宇宙船内で紙飛行機を飛ばすと地球上とは違う飛び方をする。
宇宙空間で紙飛行機はまっすぐに飛ばず、円弧を描いて宙返り飛行をする。地上では翼には進行方向に対して垂直に揚力がかかり、重力とのバランスで、姿勢が保たれる。しかし、宇宙では重力がないため、上に押し上げようとする揚力のみが働く。そのため、紙飛行機は上へ上へと飛んでいき、最終的には宙返りをする

この紙飛行機の飛行実験は、宇宙飛行士・毛利衛(もうり まもる、1948年~)が1992年(平成4年)にNASAのスペースシャトルで宇宙へ行った際に行った滞在期間8日間のうち最も注目を集めたのが生中継の宇宙授業だった。宇宙空間の面白さを子ども達に伝えるために実施され、その中で紙飛行機の飛行実験が行われた。

同様の実験は2009年(平成21年)に国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在ミッションを成功させた宇宙飛行士・若田光一(わかた こういち、1963年~)が有人宇宙施設「きぼう」内で行っており、YouTubeにその時の映像が残っている(動画の10分頃~)
リンク:JAXA

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