長男のパートナーの付き添いで心強かった定期診察と出張所への外出 6/11(木)

柿の種

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  本日は、三月に一度の脳神経外科の診察日の為、長男のパートナーに連れられ診察に行く。

  北東からの風が強く吹き、気温もあまり上がらず爽やかより涼しいので麻痺側が痛い。

  整形外科の診療経過を報告、他の変化は特になく、気温の乱高下による血圧測定値の変動幅が大きい事程度を報告し、何時もどおりの投薬を受ける。朝一番での診察順であったため会計処理も早く済み、薬局も一番乗り、めったにないスピードで終了。

  北野の市役所出張所に出向きETC割引き申請を手続に出向き、手早く事務処理を済ませてくれる。歩く事が億劫な為スーパーマーケットに立ち寄って昼食を購入して帰宅し、本日の行動計画終了する。

今日は何の日」役立つ雑学

日本列島改造論 1972年(昭和47年)6月11日発表
田中角栄が自由民主党総裁選挙を翌月に控えた1972年(昭和47年)6月11日に発表した政策綱領。当時太平洋ベルト地帯に産業が集中し、過疎過密、インフラ整備や公害が問題となっていた。『日本列島改造論』には、日本列島を高速道路・新幹線・本州四国連絡橋などの高速交通網で結び、地方の工業化を促進し、新幹線により空いた在来線に貨物列車を増発、過疎と過密の問題と公害の問題を同時に解決する、などといった田中の持論が、イタリアやアメリカの例を引いて展開されている。

入梅(6月11日頃 雑節)
雑節の一つである「入梅」は太陽黄経が80度になる6月11日頃を指し、梅の実が熟す頃に雨季に入ることに由来する。実際の梅雨入りとは異なるが、気象予報がない江戸時代に農家が田植えの時期を決める重要な目安として暦の上に設けられた。

梅雨期を象徴する紫陽花は寒暖差の激しさから病死者が多発した時代に死者へ手向ける花として、流行病のあった地域の寺院へ多く植えられた歴史を持つ。現在ではその背景を変え、古寺に彩りを添える観光の目玉「あじさい寺」として親しまれ、各地で祭りが開催されている。また、手紙の挨拶である「入梅の候」は、相手の地域が実際に梅雨入りしていることを前提に用いるのがマナーである。

さらに、この時期は全国的な梅の摘み取りや梅酒づくりのシーズンにあたるため「梅酒の日」に定められているほか、入梅になることが多い6月11日は「傘の日」にも制定されている。このように入梅は、農耕の目安から始まり、医療や交通が発達した現代においても、季節の挨拶や生活に密着した記念日を通じて日本の文化や暮らしに深く息づいている。
出典:Wikipedia、コトバンク<要約>

マスクはもともと「黒色」だった
近年、黒色などのカラーマスクが多様に登場し、白色からの流行変化と思われがちだが、日本におけるマスクの歴史はもともと黒色が主流だった。
明治初期に登場した当時のマスクは「呼吸器」と呼ばれており、医療用の白色マスクは非常に高価な存在だった。一方で、一般庶民に普及したのは炭鉱の作業員が使用していた防じん用マスクである。
このマスクは、作業時の汚れが目立たないように黒い色の布が使われており、安価だったため広く流通した。実際に1879年の広告には黒色のマスクが掲載されている。
さらに、1918年から1920年にかけて世界的に大流行し、一般人がマスクを着用するきっかけとなった「スペインかぜ」の啓発ポスターにも、黒色マスクを着用した人の姿が描かれていた。
このように、現代では新しく見える黒色マスクこそが、日本のマスク文化における原点であり、歴史的な標準だったという事実を示している。
出典:北多摩薬剤師会、日本経済新聞、Amazon<要約>

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