新年度のリハビリ運動始め 4/1(水)

柿の種

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「春に三日の晴れ無し」の例え通り、桜の開花以来晴れる日が続かず気温も安定せず、雨模様の本日も、少し肌寒く寒暖差が麻痺側には堪え難い痛みの繰り返し。行きも帰りも車と玄関の間は降られずに助かった。
雨のため?心なしか欠席者が目立つように思えた。全員到着後、ルーティン作業も済み着席の後、口腔機能講座の座学『先史以来.時代による1回の食事中の咀嚼回数の変遷』弥生時代の回数はおよそ4000回現代は600回と¼の租借回数に減少している。

種々の原因によるが、咀嚼回数が減少すると弊害の一つに唾液の湧出量の減少が見られるようになるので、その防止の為、側頭筋、咬筋の鍛え方、湧出した唾液の飲み込み方などの実技を含め学習し、直ちに夫々の運動に誘導される。
①個別は、仰臥姿勢で先週に浮腫みの酷かった箇所をPTさんと看護師さんが診てくれたが、当日よりだいぶ浮腫の状態が改善していて、トレドミルの利用にも支障なしとの判断となり
②マッサージガンで足裏刺激と膝下筋肉マッサージ・大腿直筋のマッサージを行ない
③トレッドミル 歩行時間10分.歩行速度3.2km/h 歩行距離0.54km
④集団体操は、スツールに座位で合掌合蹠発汗量が多いのはトレッドミルの為か?この運動の新陳代謝によるものか?気温上昇によるものか?、兎に角汗を搔いた

⑤足浴で又汗を搔いた後 ⑥負荷マシン・ストレッチマシン・リラクゼーションマシンを、要支援者帰宅後の少人数になったところでゆっくり終了し、良く揺れた為に空腹に、自席に戻りアイスコーヒーで喉を潤す
⑦暗転の室内で静かに深呼吸をしながらストレッチ体操すれば心身リフレッシュ、帰宅準備完了。
降雨の中車に乗車、帰宅後直ちに昼食を摂るお疲れ様でした。

今日は何の日 役立つ雑学

介護保険(日本での発足)2000年4月1日
日本の「介護保険制度」は、高齢化の進行や核家族化を背景に、家族だけで介護の負担を抱え込むのではなく、「社会全体で高齢者の介護を支え合う」という理念のもと、2000年(平成12年)4月1日にスタートしました。
【制度の主な仕組み】
加入者:40歳以上の全国民が保険料を納め、制度を支えます。
利用対象:原則65歳以上で、市区町村から「要介護」または「要支援」の認定を受けた方が利用できます。
費用負担: 所得に応じて、利用したサービス費用の1割〜3割を自己負担します。
【導入による大きな変化】
以前の制度では行政がサービス内容を決定していましたが、介護保険の導入により「利用者主体」の制度へと変わりました。これにより、ケアマネジャーと相談しながら、自身の目標や生活スタイルに合わせて、デイケア(通所リハビリテーション)や訪問介護、福祉用具の利用といったサービスを自ら自由に選べるようになった点が最大の特徴です。
住み慣れた地域で、身体機能の維持や回復を目指して前向きに体を動かす日々の取り組みを、社会全体でしっかりと後押しする大切な基盤となっています。

ドイツ、オランダなどでは通常の医療保険から独立した社会保険制度となっている。一方でイギリスやスウェーデンで一般税収を財源とした制度となっている。韓国では2008年から、台湾では2019年から、それぞれ公的介護保険制度の運用を開始した。

市制町村制制定
明治政府は1888年、憲法発布と国会開設を控え、市制・町村制を創設した。
この地方自治制度の核心は、地租または直接国税を年2円以上納める資産家にのみ参政権を認める仕組みにあった。狙いは自由民権運動を封じ込め、政府に従順な富裕層に特権を与えることで、無産の民衆を政治から締め出すことだった。
内務大臣や知事の監督権が強く、地方の自治権は極めて限定的であった。
1889年4月に施行が始まり、その後1911年には町村の法人性が明確化され、1921年には等級選挙が廃止されるなど段階的な改正が行われた。
しかし資産家優位という根本構造は変わらず、この体制は終戦後の1946年に自治権拡大の改正を経て、1947年の地方自治法施行まで半世紀以上、日本の地方行政を支配し続けた
国会開設前に政府が意図的に作り上げた中央集権的な統治システムだったのである。

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