久しぶりの散歩で感じた、冬の終わりと春の訪れの瞬間 1/13(火)

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  西からの風は強くあったが、雲一つない好天に恵まれ、実に久し振りの散歩をした。  

  昨年の今頃都立小宮公園に出掛けたところ、蠟梅が軽やかな甘い花穂里を放ち美しい透明な花弁を開いていた。  

  今年もそろそろと思い、麗らかな陽光に惹かれ、昼食後に訪れてみた。昨年同様良い香りを放ち美しく咲いていた。  

  菜の花も春の彩を添え、あざやかに黄色く色付いていた。  

  被写体角度を探しながら西風も寒からず、春風の手前のような陽気の中での1,253歩28分の散歩でした。  

今日は何の日 役立つ雑学

咸臨丸出航記念日(1月13日 記念日)
江戸幕府の軍艦「咸臨丸(かんりんまる)」が、江戸品川沖を出発したのが1860年(万延元年)の今日(旧暦1月13日)とされる。
その咸臨丸には、勝海舟(艦長)・福澤諭吉・中浜万次郎(ジョン万次郎:通訳)らの遣米使節が乗っていた。日米修好通商条約の批准書の交換が目的であったが、日本人初の正式な太平洋横断航海でもあった。また、咸臨丸がアメリカ・サンフランシスコに到着した日は同年の旧暦2月26日で、その日は「咸臨丸の日」となっている。
咸臨丸は、木造でバーク式の3本マストを備えた蒸気コルベットであった。「咸臨」とは古代中国の書物『易経(えききょう)』より取られた言葉で、君臣が互いに親しみ合うことを意味する。
画像は、その100年後の1960年(昭和35年)に発行された日米修好通商百周年記念切手のうち、咸臨丸を描いた切手である。
出典:Wikipedia

「ABCの歌」を伝えたジョン万次郎
1841年、遭難した土佐の漁師がアメリカ捕鯨船に救助され、その中にいた14歳の万次郎は後に日本初の本格的アメリカ渡航者となった。
船名にちなみ「ジョン・マン」と呼ばれた彼は、優秀さを認められて英語や航海術を習得し、10年後の24歳で帰国。
その後、福沢諭吉に英語を教え、1860年には日米修好通商条約批准のため勝海舟・福沢諭吉とともに咸臨丸で渡米し通訳として活躍した。
また1859年の英会話書『英米対話捷径』で日本初となる『ABCの歌』を紹介
この歌は現在「きらきら星」のメロディで歌われ、幼稚園や保育園で広く親しまれている
万次郎は漂流という偶然から、日米の架け橋として幕末の日本近代化に大きく貢献した人物である。
出典:Wikipedia、コトバンク<要約>

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