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90歳を迎えられた横田早紀江さんへの思いと政治への憤り

拉致被害者横田めぐみさんの母、横田早紀江さんは今日、90歳の誕生日を迎えられましたが、筆舌に尽くしがたい年月をお過ごしの事と拝します。日本の為政者の為体(ていたらく)は如何なものでしょう。
日本には国民を守る気概の有る政治家がどれほどいて、実行できるのか考えさせられます。
今日の予報では、昼頃には暖かい春の陽気との事で、起床時の気温は寒かったが、雲一つない快晴の空の下、装や心までも軽くしてくれ、出掛ける気分も上々。
今日は欠席の方がおらず各コース確実に回ってくるので、若干の遅れが出てバイタルチェックの後は準備体操に移り直ちにリハビリ運動開始
綺麗な歩行姿勢と褒められたリハビリでの意識の持ち方
①トレッドミル 歩行速度3.1 時間10分 歩行距離0.51km これまでの新記録実施中にスタッフが何か意識してます?とのお尋ねあり、左かかとの着地と右足の蹴り上げのスピードを早く意識して動かしていた、また個別のPTさんとの会話の中で奇麗な歩行姿勢で歩行中の足の状態も良くなっていましたねとお褒め頂く
②持参のマッサージガンで左足関節・大腿直筋をメインにマッサージをし ③集団体操は、真横に揺れる金魚体操

④負荷マシン・ストレッチマシン・リラクゼーションマシンをICカード設定通りに実施し、荷物の片づけを少ししながら給水タイム
⑤セラミック足湯 10分で背中が汗ばむ
⑥個別リハビリは、俯せの指示でトレッドミルの様子を見ていて気になったところに少し手を入れますと殿筋ハムストリングを施術マッサージして下さり先ほどの会話に繋がり、左踵に体重を乗せてふらつかないようにする起立訓練を繰り返し(自宅でも行い踵が柔らかくなってきている、足の裏全体が床にしっかり付くようになった)
⑦気息体操を行なって心身を整え半日が終了した。
陽射しは強いが気温はそれほど上がらず、冷たい東北東の微風が吹いて自分には気持ちよかった。
今日は何の日
立春は二十四節気の第1番目で、太陽黄経315度の2月4日頃に訪れ、冬の終わりと春の始まりを意味する重要な節目である。
冬至と春分のちょうど中間に位置し、昼夜の長短を基準とすれば、この日から立夏前日までが暦上の春季とされる。
江戸時代の暦解説書『こよみ便覧』には「春の気立つを以って也」と記され、春の気配が立ち始める日として名付けられた。

立春の前日が節分にあたり、この日を起点として八十八夜や二百十日、二百二十日など様々な雑節が計算される年中行事の基準日でもある。
気象面では、九州など暖かい地方で梅が咲き始め、その蜜を求めて目の周りに白い模様を持つメジロが訪れ、春の訪れを告げる。
また立春を境に日本列島南岸を東進する南岸低気圧の発生が増加し、立春から春分の間に初めて吹く南寄りの強風が春一番と呼ばれる。
さらに桜の開花予測には立春からの最高気温合計が540℃になる時期という概算法もあり、立春は暦の区切りにとどまらず、実際の気象変化や生物季節と密接に結びついた日本人の季節感の要となっている。
リンク:Wikipedia、コトバンク、国立国会図書館<要約>

1945年2月4日、ローズヴェルト(アメリカ)、チャーチル(イギリス)、スターリン(ソ連)がヤルタに集まり会談を開きました。
第二次大戦の戦後処理とソ連の対日参戦を巡る密約を交わした。これが後の「ヤルタ体制」の基盤となる。病身のルーズベルト米大統領は、終戦を早め自軍の損害を減らすため、千島列島の引き渡し等の過度な条件を提示したスターリンに大幅な譲歩を見せた。
この合意はソ連の影響力拡大を許し、中東欧諸国を長年「囚われの身」にする結果を招いた。
後年、この宥和策は冷戦の端緒であり歴史的な誤りだったと厳しく批判されている。一国の安保上の利益が他国の運命を決定した、戦後国際秩序の光と影を象徴する出来事である。
(『外交』日本経済新聞社)要約。
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